東方奇行

パンティみさとの雑記。

夢と現実の往来 映画『キング・オブ・コメディ』

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現在公開中のマーティン・スコセッシ監督の『沈黙』が観たくてそわそわしている毎日です。

 

スコセッシ監督の作品は結構観ていると思っていたら意外と9本くらいしか観ていなかったので、空き時間に過去作の『キング・オブ・コメディ』を鑑賞しました!

 

ロバート・デニーロ主演ということで『タクシードライバー』と比較される作品。

 

あらすじ
コメディアンとして成功し有名人になることを夢見るルパートの妄想暴走劇。

 

ジャンルとしてはブラックコメディとされているが、はっきり言ってサイコサスペンスに近い。主人公ルパートが抱える闇が妄想の枠を超えて暴走する様が本当に、本当に怖い。

 

妄想が生み出す現実

若い頃は誰しも抱く全能感をろくに努力もしないまま30過ぎても抱き続けた結果、有名人と友達になりそのコネで大スターになろうという暴挙に出る。
ルパートの家庭状況はそこまで詳しく説明されないが、仕事をしている様子もないし、自室でジェリーとの妄想にふけっていると母親に「夜なんだから静かにしなさい!」と怒鳴られる。思春期に厨二病患者がよく体験するアレである。このようなシーンが繰り返し登場することから、母親と二人暮らしのニートであると推察される。

 

この映画は1982年の作品なんだけど、今現在某動画サイトに迷惑行為の動画を投稿して世間を騒がせる人たちとどこか通じる気がした。

 

ルパートは自分こそがキングオブコメディだと信じてやまないが、本当にコメディアンとして成功したいのかはかなり疑問である。


というのも、みんなに芸を認められたいならまずは下積みが必要だから実際のお客の前で芸を磨けとアドバイスされてもまったく聞く耳を持たないし、彼の妄想の中では常に大スターのジェリーより自分の方が優位に立っている。
つまり、ルパートにとってコメディもジェリーも自分が有名になって認められる為の道具にすぎないのだ。


それをさらに裏付ける妄想が、ジェリーの番組にゲスト出演するシーンだ。

サプライズで高校の校長先生が現れ、「我々は浅はかで君は正しかった。全国民の前で謝罪の意を表したい」と懇願する。

そして校長は神父となり高校時代の憧れの女性リタと番組内で「コメディのキングクイーン」と称して結婚式を挙げる。
ルパートは過去に受けたいじめや不幸せな子ども時代の記憶を払拭し、社会的に認められたいのだ。

 

「現実と夢の境界線が曖昧になる」と「キングとクイーンの結婚式」というキーワードで私が大学でずっと研究していたジェラール・ド・ネルヴァルの『オーレリア』がふと脳裏をよぎった。社会的にレッテルを貼られた人間という部分でも共通している。ネルヴァルの話をすると長くなるのでここで留めておくが、できれば別の機会に考察したい。

 

現実と妄想の切り替えに関しては、最初は鑑賞者も「あぁこれはルパートの妄想なんだな」と判るが、段々と「え?これは現実?妄想?」とにわかには判別しがたくなってくる。

特にラストシーンは彼の妄想なのかそれとも現実なのか鑑賞者によって意見が分かれる面白い部分なのでどのように解釈するかは自分次第である。

 

次は『タクシードライバー』を見直してこの作品と比較してみよう!

 

 

 

 

 

 

オーレリア―夢と生

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